往生しいや
プロのスポーツ選手が自分のパフォーマンスが低い原因を
「~~のせいで調子が悪かった」とか「誰々が悪い」
ということを1時間も言っているのを聞いたら、、、
たぶんあなたは
「言い訳は見苦しいなぁ」とか「それが実力でしょう」と感じると思います。
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過去の出来事に対して後悔や自分を責めている人がいます。
「なんで彼に優しく出来なかったんだろう」
とか
「なんであんな酷いことを言ってしまったんだろう」
という感じで。。。。
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こういうことを感じる人に対して、、、
心が優しい人だと感じる人も多いと思います。
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でもね、、、
僕はちょっと違うじゃないかと思います。
先の例に書いたプロのスポーツ選手も
後に書いた後悔している人も一緒だと思います。
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両者に共通しているのは、、、
出来なかったのが当時の自分の実力だと認められてないところです。
一見、心が優しく見える後者も、、、
「もしかしたら出来たかもしれない」
という自分を過大評価した想いがブリブリ感じられます。
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でも出来なかったんだから、、、
それが、その時の精一杯の自分の実力です。
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一見優しく見える過去を懺悔するという行為も、、、
優しくもなんともなく、自分を自分以上に過大評価した
ただの傲慢な考えではないでしょうか?
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もしあなたが「~出来たかもしれないのに」という
浮き足立った過大評価を止め
決して自分を責めることなく、
「あんなひどいことをしたのも当時の精一杯の実力だった」
と素直に認めることが出来るならば、、、
誤魔化しや摩り替えることなく自分を受け入れるのならば、、、
初めて地に足が付いた一歩目が踏み出せるのではないでしょうか?
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