ウソ
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20代前半の頃の僕には・・・
ある問題がありました。
「手が震える」ということです。
原因は、、、
以前に患った病の後遺症か・・・
度重なる脳震盪の後遺症か・・・
分かりませんが、当時の僕は深刻に悩んでました。
+++
当時は、コーヒーカップなどが一切持てませんでした。
カップを口まで持っていくのは不可能でしたので・・・
喫茶店に行っても手を使わないで、ストローだけで飲める長いグラスの飲み物を注文していました(笑)
嫌だったのは、親戚の集まりや懇親会などです。
お酒を注がれたときの失態を考えただけで数日前から憂鬱でした(笑)
+++
もちろん、この問題を解決するために
多くの病院・・・
多くの民間療法・・・
多くの自己鍛錬をしました。
ですが、一向に改善はしませんでした。
+++
で・・・・・・、どうやって改善されたかというと
視点を変えていくようになってから変化が起こりました。
それまでは手が震えるということを問題として捉えていましたが、
よく考えてみると3次元的にはさほど問題ではありません。
例えば僕が・・・
ファイバスコープを使って手術をする外科医であったり、
爆弾処理班だとしたら、
手が震えるということは由々しき問題ですね(笑)
ですがそれらの職種に就いてない僕にとっては、手が震えるということは問題なのでしょうか?
人前で恥ずかしい思いをすることが大きな問題かというと・・・
本当に大きな問題かと自分に問うてみると、、、
そうでもないですし。
せいぜい人に心配されるか、からかわれるぐらいです(笑)
それにね・・・・・・
人にどう思われるかはコントロールできませんし。
出来るのは、
自分のことをどう思うかですから。
+++
ある時期に心底、
「手が震えててもいいやないか。特に問題はないし。こんなもんやで」
という考えに至るようになりました。
すると不思議なことに震えがだんだんと出ないようになってきました。
結局・・・
震えを問題と捉えていたことが、「震えに」に焦点をあてるので
ますます震えを造りだしていたようです。
「見つめたものが拡大する」という公式通りですね。
+++
僕にとっての本当の問題は・・・
震えることが問題ではなく
震えることを問題として捉えていたのが問題だったようです(笑)
+++
今でもたまに手が震えることがあります。
でもね・・・
そのことを問題として捉えてないので殆ど気になりません。
しかし、手が震えることを問題として解決しようとしていたら・・・
たとえ手が10年間震えなくても
「また震えるんじゃないか」という不安に包まれているかもしれません。
+++
真の問題解決は・・・
問題を解決することではなく
問題が問題でなくなること
つまり・・・
「問題なんて解決する必要はない」
となることではないでしょうか?
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★★★★★★★★
今日はいっぱい書いたから
少し疲れました。ハァ~~~ン♪
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小学生の時に宿題で
毎日、漢字を100字書くというものがありました。
これは100字帳に漢字を100字書くだけのものですが
漢字だけではなく、送り仮名も一文字としてカウントされます。
例えば、「走る」でしたら2文字として数えられます。
+++
僕は、この宿題が嫌で、嫌で・・・
出来るだけ送り仮名を書ける漢字を探すことに労力を使ってました。
また、送り仮名が多いと先生に注意されたときは直談判にいったりもしました。
+++
今からすると・・・
そんな労力を使うのなら、淡々と漢字を100字書いたほうが断然楽だと思います。
+++
「子供の頃はアホやったなぁ」
と笑い話になってますが・・・
案外、今も形を変えて同じことをしているかもしてません。
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僕は小学4年生の2学期から30歳まで兵庫県の西宮市に住んでました。
仕事の関係上、途中で数年間は他の土地に住んでもいましたが
どこの土地に住んでいても、どこの土地に行っても西宮を想ってました。
大好きな西宮を・・・
自他共に認める西宮大好きっ子でした。
+++
ラグビー部の合宿で・・・
旅行で・・・
仕事の都合で・・・
他府県から西宮に戻ると
「あ~~、俺の街に帰ってきた」
という気持ちを感じてました。
+++
甲子園球場・・・
JR甲子園口南側のミスタードーナツ・・・
武庫川の河川敷・・・
旧国道の街路樹・・・
大好きな風景を見ると
「つくづく俺は西宮が好きなんやなぁ~」と思っていました。
+++
でもある時期から・・・
あんなに好きだった西宮に対しての想いが無くなってしまいました。
電車で30分程度の距離なのですが年に3回ぐらいしか行きません。
滋賀県で働いていたときは電車で1時間半もの時間をかけて毎週帰っていたのに・・・
+++
以前は
「西宮に帰ってきた」と感じていたのに
今は
「西宮に来た」という思いに変わってしまいました。
そう・・・
妻と暮らしだしてから変わってしまいました。
+++
僕は郷土愛が強い人間だと思ってましたが違ったようです。
僕が強く愛情を感じていたのは
その街そのものではなく
大好きな人がいる街だったようです。
大好きな人がいる場所が帰るべき街だったようです。
+++
今では・・・
西宮から
谷町九丁目や上本町六丁目に戻ってくると
「帰ってきた」という気持ちになってます♪
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僕は倒壊したビルの前でたたずんでいた。
恐怖、悲しみ、何も感じずに・・・・・・
自分の家が全壊し、命からがら逃げてきたのに、
倒壊したビルの中にいた人間がどうなっているかも想像できずに・・・
ただビルの前でたたずんでいた。
丁度、ウルトラマンと怪獣が戦っているシーンでビルが破壊されても
ビルの中の人間がどうなっているか想像しないように、
リアルがなかった。
目の前の光景に。
今、考えてもどうしてそう感じたか理解できないが・・・
僕の心の中には
「何か凄いことが起こった」
というワクワクに近い感情があった。
同じ時間に仲間の命が終わろうとしていたのに、
ワクワクした感情で時を過ごしていた。
多くのむくろを見るまでは。
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唐突ですが、僕の頭は変わった形をしています。
変わった形と聞くと、
「絶壁なのか」とお思いの人も多いと思いますが、そんな生易しいものではありません。
左右不均等にボコボコと歪んだ形になってます。
+++
子供時代はよく頭の形をからかわれました。
自分では漫画「キャプテン」のイガラシ君のような頭の形だと思っているのですが、友人には、「ボコボコ」「じゃがいも」「エレファントマン」「ヒューマンガス」「ひでぶ」などと言われました。
(まあ、上記のことを言ったのはすべて友人の西村氏ですが・・・)
+++
マイヘッドについては、
散々、からかわれたのですが、僕は気にしているようであまり気にしていませんでした。
今は、頭の形が一番よく分かるボウズ頭にしているぐらいですから・・・
+++
何故、人とは違う頭の形を恥ずかしく思わなかったり、気にしなかったというと・・・
両親の育て方が影響していたと思います。
+++
僕が母に「なんでこんな頭に生んだんや!」と母に食って掛かると、
母は、「あんたが赤ちゃんの時、私がしっかり寝かせたのに変な方向で寝るからそんな頭になったんや。あんたが悪い!頭の形ぐらいでガタガタ言いな!」
と逆切れします。
父は父で「お前の頭って…、変な形しとるな~。でもカッコいいぞ!」
と変な褒め方をしていました。
+++
もしも僕の両親が
「そんな頭に生んでごめんね」とか「私たちがもっと気をつけていたら」とか言って謝られたら、僕は自分の頭にコンプレックスを持ったかもしれません。
+++
なぜなら、このケースで謝るということは・・・
頭の形が変というのはダメなものと認めていることになります。
+++
僕の両親は決して謝りませんでした。
謝る必要を感じてなかったようです。
+++
当時は腹が立ったけど・・・
謝ってくれなくて
ありがとう♪
★★★★★★
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僕は気の弱い人間です。
気の弱い人間ですが、最近はふてぶてしく生きています。
矛盾しているようですが、気が弱いのにふてぶてしく生きてます。
+++
僕は小さい時から気が強い強い人間になりたかったです。
気が強くなったら人生を楽しめると思っていたからです!
小学生ぐらいから、河童ブックスの心の鍛錬の方法を試してみたり、
シュルツの自己暗示などをして強い人間になろうとしていました。
でもなれませんでした。
+++
柔道、空手、ボクシングなどもしてみました。
身体を鍛えることによって心が強くなる。
そうすれば人生が楽しめると思っていたからです。
結果、
体力と、忍耐力は付きましたが、気は弱いままでした・・・・・・
+++
理由はかんたんです。
知識やワークや武道をしても常に、
「気が弱い僕をなんとかしよう」ということに意識の焦点をあてていたからです。
気が弱い自分を認められずに見つめていたからです。
虫眼鏡で太陽光線を黒の印の一点に集めるように・・・・・・
当然、自己認識にも潜在意識のなかにも「気が弱い僕」が刷り込まれていました。
+++
今の僕は気が強くなりたいとも思いません。
僕の本当の望みは「人生を楽しく生きる」事と気づいたからです・・・
今の僕は・・・
気の弱いままで如何に人生を楽しく生きることに焦点を合わせています。
気の弱いままで幸せになろうと思います♪
+++
僕は・・・
「性格改善の人生ゲーム」を止めることを、降りることを、決めました。
代わりに・・・
「悩んでも、笑って、楽しくなれる人生ゲーム」に乗ることを決めました。
+++
「性格改善人生ゲーム」をしている人たちへ・・・
上手くいってなければ止めてみたら如何ですか?
★★★★★★
(伊藤さん、これ著作権ないよね)
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僕の名前は堀 進(ほりすすむ)といいます。
ほりすすむをPCで変換すると(掘り進む)となります。
子供の時はこの名前が嫌いでした。よくからかわれたし、ギャグみたいなので少しコンプレックスになってました。
+++
小学4年生の時、
「こんな、変な名前を付けやがって、なんでもっとカッチョイイ名前にしなかったんや」
と母に言いました。
すると母は怒りと悲しみのを含んだ表情で、
「あなたの名前は、父さんと2人で何日間も悩んで、あなたの幸せを願って付けた名前なんよ」
と泣きながら、力強く僕に言いました。
+++
母の涙を見て・・・、母の言葉を聞いて・・・、
僕は自分の愚かさを知り、親の愛を知り、
母と一緒に泣きました。
+++
それから約10年後、
母は僕に一枚の紙切れを渡しました。
そこには堀 素啓(モトヒロ)と書いてありました。
母は嬉しそうに僕にこう言いました。
「進ちゃん。これ、モトヒロって読むんよ。宗教やってはる偉い人に付けてもらったんよ。しかもタダやで。今日からあなたはモトヒロよ。モトちゃんよ。」・・・・・・・・・・
+++
その後、約10年間、母は僕のことをモトヒロorモトちゃんと呼び続けました・・・・・・
+++
母さん・・・
あの時の僕の涙を返してください・・・・・・
★★★★★★
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(今では進という名前は大好きです。スースー、スムスム、スムちゃんなどと呼ばれてご満悦です)
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以前、僕は才能というものを認めてませんでした。
才能とは意識下と無意識下の努力の結晶であり、努力をすれば手に入れる事が出来ると信じてました。
でも・・・
才能はありました。嫉妬を通り越して、ただ美しさに目を奪われる才能というものが・・・
+++
才能を認める事で、僕には才能が無いことを受け入れる事が出来ました。
そして、そこは僕が泳ぐべき海ではない事にも気づきました。
+++
少し頭の良い人なら1週間で分かる事が、僕には10年以上かかってやっと腑に落ちました。
+++
人の才能を認める事が出来て・・・
初めて自分の素敵な部分を見つける事ができました。
★★★★★★
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(おちゃ姫様、あなたもあけみ姫もエエ女やな~)
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小学生低学年の時、
僕はプチ登校拒否児だった。
2ヶ月ぐらいの間、学校に行かなかった。
理由は・・・
イジメや勉強の問題ではなく・・・
「できるかな」「いちにのさんすう」「働くおじさん」などのNHK教育の番組が見たかったからである。あと12時からは水前寺清子の「ありがとう」の再放送も見たかったからである。
+++
主に仮病を使って学校をサボってました。
(一度、腐りかけのものをわざと食べてお腹を壊すのを試みたが、洒落にならないぐらいの下痢になり、NHK教育どころではなくなったので仮病にしました)
+++
仮病のやり方は2つありました。
1つは体温計を逆に振り、37度5分にセットする!
これはかなりのスキルが必要である。力加減を間違えると水銀がばらけてしまうし、38度を超えると怪しまれるし・・・。
2つめは、お医者さんを騙す!
これは、お医者さんに聴診器を当ててもらうときに、痰をからませ「ヒューヒュー」という喘息音を作り出します。これにも高いスキルが必要であります。
+++
結局・・・・・・
「ありがとう」の再放送も終わり、NHK教育にも飽きて学校に復帰しました。
今思うことは、親やお医者さんを騙したと思っていたが、実はみんな騙された振りをしていたんじゃないかなと思います。
★★★★★★
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(まいど~さん。本職の気功整体のネタが浮かびませんでした。浮かびましたら書かせて頂きます)
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もう10年以上も封印していますが、僕は裸芸の伝承者の一人である。
裸芸とは、
ただ単に宴会などで裸になるだけの芸なのですが、最大限に芸の効果を出すには2つの重要なポイントがあります・・・
今日は皆様にそっと秘伝を教えようと思います。
+++
1つめのポイントは、
「いかに思いきりよく脱げるか」
もじもじ脱ぐのはもってのほかです。
そして、どこまで脱げるかも重要になってきます。女性がいる場合などは、上半身のみでもOKですが、荒くれ者の体育会系の輩の前では、パンツが脱げない人間が一番非難されます。
いかに素っ裸になれるかが重要になってきます。もちろん僕のような熟練者になると素っ裸にソックスという小技も使うのですが。
+++
2つめのポイントは
「タイミング」です。
タイミングと聞くと、いつ脱ぐかと思うかもしれませんが、実は脱ぐタイミングはさほど重要ではありません。場の温度が上がっていたら皆のコールに合わせて脱いだらOKです。
重要なのは「服を着るタイミングです」
裸芸は非常に足が速い。賞味期限は2分が限界です。
2分を超えると
「ただの裸の人」になってしまいます。
一度、場の雰囲気がシリアスな展開になっているのに服を着るタイミングを失った僕は、非常につらい思いをしたことがあります。
+++
憶えておいてください。
大切なのは、「思い切りとタイミングです」
+++
上記の話を例え話として、含蓄のあることを書こうと思っていたのですが・・・
読み返してみると、ここから何を書いても説得力がないようですね・・・
次回にします。
★★★★★★
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(西宮にお住みの方は、JR甲子園口の北側の谷整骨院をお勧めします。僕のラグビー部の後輩でもあり、良き友人でもある谷先生は、イケメンの腕の良い先生です)
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もし、余命24時間なら
過去と未来の因果にとらわれる事無く
ただ、ただ穏やかさと安心の中でを過ごしたい。
怒る事無く、悩む事無く、
全ての生命を感じ・・・
愛を感じ・・・
瞬間、瞬間を生きていたい。
そして最後は
愛する人の胸の中で眠りたい。
朝咲き、夜には枯れる花の様に
ひっそりと・・・・・・
+++
もし余命24時間なら
過去と未来の因果にとらわれる事無く
全ての感情と欲。
怒り、喜び、悲しみ、恐怖を・・・
食欲、性欲、物欲を・・・
思いっきり出しながら過ごしたい。
残りの生命を身体全体で感じ
全ての感情と欲を
蛾の鱗粉の様に撒き散らしながら
瞬間、瞬間を生きていたい。
そして最後は
ステーキ、寿司、レバ刺し、天一を食べた後、
ラオウのように拳を突き上げて
世迷い事をほざきながら消滅したい。
滑稽に、そして騒々しく・・・・・・
★★★★★
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(そろそろ、皆様からのブログのお題が欲しいです。何か書いたら面白そうなお題を提供して下さい。お願いしま~す。例、ペット、お金、スポーツ、人物、相対性理論、ETC)
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僕は今まで3回、死にかけた事がある。
最初は、
小学校5年生の夏休み。学校での自由水泳の時である。
その日、僕は「潜水でどこまで我慢が出来るか」をチャレンジをしていた。
我慢の限界で浮き上がろうとした瞬間、悪ガキの木島君に見つかり、彼にバックドロップ8連発を食らってしまった。(もちろんその間は呼吸は出来ない。)
薄れ行く意識の中で、「死ぬのもそんな苦しい事ではないな」と思った。
幸い、
僕は生きていて、木島君も加害者にならず、学校側も社会問題にならず3者ともにハッピーな出来事だった。
+++
2度目は、
大学2年生時の、ラグビー部での練習試合・・・・・・
僕がトライをしようとインゴールに飛び込もうとした瞬間、
相手選手に足を引っ掛けられた僕は、地面に額を支点にしてえびぞり状態になった。
瞬間を見た人によると、首があり得ない方向を向いていたらしい。
幸い、
僕は生きていた。心優しい僕の仲間たちは、1分だけ心配してくれたが、
2分目から「しゃちほこトライ」と新しいネタに大喜びであった・・・・・・
+++
3度目は、
阪神淡路大震災・・・・・・
全壊した家にいた僕は、あと数10センチ横にいたら間違いなく死んでいた・・・・・・
まことにハッピーな出来事であった・・・・・・
+++
さてはて、
あの時死んでいたとしたら今の僕の人生は何なのだろうか?
神様から頂いた大切な時間として
感謝の中で生きようか・・・・・・
それとも、
グリコのおまけのような物として
面白おかしく楽しもうか・・・・・・
どうしたもんか・・・・・・
★★★★★★
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(天使ちゃん、山本さん、仲良くしてくれてありがとう♪世古さん、セーターを褒めてくれてありがとう♪松本さん、摩瀬さん、河原さん、みんなありがとう)
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自分で言うのもなんだが、
僕はかなり「スピリチュアル」な人間だと思う。
なんせ、今から15年以上前に、親友の泰川くんにそう公言していた位だから・・・・・
+++
いまさら言うのもなんだが、
僕は「スピリチュアル」の意味がよく分かってません。
なんせ、去年まで、「スピリチュアル」を「スピチュアル」と言っていた位だから・・・・・・
+++
「スピリチュアル」って何だろう?
辞書で調べてみると、「ゴスペル」と書いてあった。
ゴスペル・・・オレは、、、ゴスペルではない。たぶん違うと思う・・・。
+++
ランキングサイトの癒し板で、「スピリチュアル」を公言している、色々な人のブログを読んでみると、
グループソウル、ツインソウル、アセンション、恐怖の大王・・・・・・
などの単語が書いてたった。
意味はようわからんが、俺は、恐怖の大王ではないと思う。たぶん違うと思う・・・。
+++
色々と調べて分かったのは、「スピリチュアル」と言う言葉は人によって解釈が違うということである。
つまり、
自分で勝手に意味を付けて良いという事だ。
それなら僕が意味づけよう。
今日から、スピリチュアルの意味は「愛」にしよう。
では、「愛」とは何だろう?
そうだ、「愛」とはオレだ!
やはりオレは、スピチュアルな人間だったんだ。
★★★★★★
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(上中、元気にしてるか~)
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僕は自分のことがけっこう大好きです。
でも、
数年前までは、自分のことを、認められずにいつも責めてました。
昔、書いていた日記を、当時に付き合っていた彼女に見られたとき、
「アンタの日記って・・・ナンカ始末書みたいやね・・・」
と言われるぐらい自分のことを認められずに責めてました。
+++
それが今は自分のことが大好きです。
今の僕が何かを得たり、何かを成し遂げたから自分のことが好きになったわけではありません。
+++
では、どうして今は自分のことが大好きになったかというと・・・
「なんか、知らんうちにそうなってました」
ただ、
「自分のことを好きになりたい」思いを持っていました・・・
「自分のことが好きになる」と言葉に出してました・・・・
「自分のことが好きになれそうな方法を」手当たりしだいに実践してました・・・
+++
今、
自分の事が好きになって
実感している事は
「自分の事を好きになる」というように変化するのではなく、
「自分のことが好きだったんだ」という事を思い出す作業だったんだなということです・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
+++
+++
お役に立てれば嬉しいので「自分が好きになる」のに影響のあった人たちを書いておきます。
(敬称省略)
斉藤一人(全てはここから始まりました。ツイテル)
小林正観(ありがとうの実践、講演会も行きました)
中村天風(かっちょいい。墓参りにも行きました)
はづき虹映(ここから広がりが・・・。個人セッションにも行きました)
津留晃一(「多くの人がこの本で変わった」を読んでください。衝撃でした)
あまちゆうと(ほんまに、めちゃくちゃ大好きです)
クリア道(最近はセミナーに参加してませんが、最後はこれに行き着くのはわかってます)
健作堂(あえてダメな自分も出していくという・・・)
矢野惣一(ここから新しい展開が来る事を確信してます)
★★★
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(頼ちゃん!結婚生活はどうですか?)
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僕は毎日、楽しみながらブログを書いてます。
日々、感じていることを書くことが快感にもなってきてます。
そんな僕に対して友人たちは、「おまえが文章を書くなんて信じられない」と言います。
中には、「てっきり堀は、文字の書けない人だと思っていたよ」とまで言う友人もいます。
+++
彼らが僕にそういう風なイメージを持つことに対して、全く反発はありません。
なぜなら・・・・・。本当に文章を書いてませんでしたから。書く事を嫌がってました。
+++
本当は文章を書きたいという願望は常にありました。
ですが、
字が汚い(象形文字とからかわれます)
いまだに「づ」と「ず」の使い分けが出来ない(PCで変換して確認します)
10分以上書いてると手がつる(ホンマです)
などの理由から、文章を書くことに対して二の足を踏んでました。
これらのマイナス要素を改善しないと文章は書けないと思ってました。
「PC使えばいいじゃんか」と気づくまでは・・・・・・。
+++
もし本当に最初の思いである(文章を書きたい)という方向から、「どうやって」を探していたら、違う方法はありました。(ふた昔前からワープロもありましたし)
でも、
「~出来ないと、文章が書けない」と勝手に思い込んでいたので頭が回りませんでした。
+++
+++
「目的を達成する方法は一つと思い込まないほうが良い」
そう感じてます。
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